top of page

相談するほどの悩みではない気がするのですが

執筆者の写真: mari koga
mari koga
6月14日
読了時間: 4分

もっと大変な人がいるのに


臨床をやっていると、面接のなかでよく聞く言葉として


もっと大変な人がいるのに…

わたしが甘えてるだけかもしれないですが…

こんなことで相談して良いのか迷ったのですが…


と、"相談しても良いのだろうか"という、

本来相談したかったはずのこととは別の悩みをお話しされる方がとても多いです。


もっと大変な人がいるのに

と感じられる方は、自分の苦しみをどこか小さいものとして扱ってしまう。

悩み、苦しさは、本当は他人とは比較できないものであるはずです。


苦しさは、出来事そのものではなく、

その出来事をどう感じるかという体験の部分だからです。


同じ日に、同じできごとがあったとして

それをどう捉えるかは、

それまでの経験や 考え方や

生き方によって異なってきます。


だから、他人と比べて、

自分の方が大変ではないはずだ

こんなことで悩むなんて、と

思わなくても大丈夫なんです。


自分には厳しくなってしまう


そして、自分の苦しみを小さく扱ってしまう背景には、

他人との比較だけではなく、

自分自身への厳しさもあるように思います。


例えば、友だちが

悩みを打ち明けてくれたとしたらどうでしょうか。

「それは辛かったね」

「今までよく頑張ってきたね」


そんな言葉をかけることもあるでしょう。


しかし、こと自分のことになると……


このくらいで 凹んでられない

もっと強くなきゃ

弱音を吐いていられない


こんなふうに感じられませんか?


なぜか、自分に対しては

すごく厳しくなってしまいますよね。


自分に厳しい人ほど、

自分のために時間を使うこと

自分自身の悩みを誰かに聞いてもらうこと


に対してのハードルが、とても高いようです。


相談することへの罪悪感


また、罪悪感も相談をためらう気持ちに繋がっています。


こんな方に出会うことがあります。


「私の話を聞いてもらうなんて、先生の時間を奪っているようで申し訳ない」

「いつもいつも聞いてもらって、迷惑をかけているのではないかしら」


カウンセリングは、自分のための時間、そして場所。


時間は決まっていますし、そのなかで、

どのような話をしてもよいし、しなくてもよい。

そのような自由なスペースのなかですら、遠慮をしてしまう。


そこに、その方の思考や行動パターンが見えてくるように思います。


助けを求めることは案外難しい


援助を求めること、「助けて」と言うこと


これらは、

自分の足で立っていたい

ちゃんとしていたい

と考える人ほど、実は難しいことです。


助けを求めても、応えられなかった経験

そもそも、助けを求めることができない環境にあった

助けてということ自体が、恥ずかしいことであるという価値観の中にいた


などなど、それぞれに理由があることかと思います。


しかし、

相談してみようかな

いや、でもこんなことで、、、


そう考えている時点で

心のどこかでは


誰かに、助けを求めたい

サポートしてもらいたい

1人では苦しい


と感じている自分がいるはずです。


その葛藤ごと、カウンセリングで話すことによって

自分でも気づいていなかった思いやパターンが見えてくることがあります。


カウンセリングは、

もっともっと悪くなってからでいいとか

どん底だと思った時でいいとか

そういうものではありません。


むしろ、どん底の状態にある時、人は

落ち着いてものごとを考えることが難しくなり、

まずは生活をすること(食事をとることや眠ることなど)を第一優先に置かなければいけません。


そう考えると、実は

相談してみようかな。

どうしようか。

自分のことを誰かに聞いてもらおうかな?

でも、、


そう思うときこそが、相談してみるタイミングなのかもしれません。


拙い文章ですが、ここまで読んでいただき 本当にありがとうございました。

コメント


bottom of page