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相談できなかった自分にも、理由がある

執筆者の写真: mari koga
mari koga
7月8日
読了時間: 3分

「誰にも相談してきませんでした」


「今まで、誰にも相談してきませんでした。」

カウンセリングをしていると、ときどき耳にする言葉です。


親にも話せなかった。


パートナーにも話せなかった。


友人にも話せなかった。


何年も、一人で抱え続けてきたという方も少なくありません。


相談するという一歩にたどり着くまでには、その人にしかわからない時間があったのだろうと思います。


「いつでも相談してね」が難しい理由


「いつでも相談してね。」


そんな言葉をかけてもらったことがある方もいるかもしれません。


けれど、その一言で相談できるなら、きっと苦労はしません。


いつ相談したらいいのだろう。


何から話せばいいのだろう。


こんなことで相談してもいいのだろうか。


「いつでも」と言ってくれたけれど、本当にその言葉を信じてもいいのだろうか。


社交辞令だったらどうしよう。


そんな思いが頭の中を巡っているうちに、結局「大丈夫です」と言ってしまう。


そういう経験は、決して珍しいことではありません。


人に頼ることは、思っている以上に難しい


人に頼ること。


助けを求めること。


弱さを見せること。


それは、思っている以上に勇気のいることです。


安心して誰かに気持ちを預けることは、簡単なことではありません。


だから、「相談できない自分」を責める前に、少し立ち止まって考えてみてほしいのです。


どうして私は、人に相談することがこんなに難しいのだろう。


「甘え」という見方


心理学には、「甘え」という考え方があります。


「甘え」というと、「わがまま」や「子どもっぽい」という印象を持つ方もいるかもしれません。


けれど、安心できる相手に助けを求めたり、弱さを見せたりすることも、「甘え」という視点から考えられることがあります。


もしそうだとすれば、相談するということもまた、「甘え」の一つの形なのかもしれません。


相談できなかった自分にも、理由がある


相談できなかったことにも、理由がある。


これまでの人生の中で、「頼っても大丈夫」と思える経験が少なかったのかもしれません。


助けを求めても受け止めてもらえなかったことがあったのかもしれません。


「迷惑をかけてはいけない」と、自分に言い聞かせながら生きてきたのかもしれません。


相談できなかったのは、弱かったからではありません。


その人なりに、自分を守る方法だった可能性があります。


だからこそ、「どうして相談できなかったのだろう」と、自分を理解しようとすることには意味があるのだと思います。


相談できなかった自分にも、理由がある。


そう思えたとき、自分を見る目が少しだけやさしく変わることがあるのではないでしょうか。


拙い文章ですが、ここまで読んでいただき本当にありがとうございました。

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