赤ちゃんの泣き声がつらい。泣き止まないとき、母親が自分を責めてしまう理由
赤ちゃんが泣いている。
お腹がすいたのかな。眠いのかな。おむつが気持ち悪いのかな。
抱っこをして、授乳をして、おむつを替えて。
思いつくことは全部やってみた。それでも、一向に泣き止まない。
「何がつらいの?」「どうしてほしいの?」
一生懸命考えているのに、わからない。
そんなとき、赤ちゃんの泣き声が、まるで自分を責める声のように聞こえてくることがあります。
「わかってあげられなくて、ごめんね」
「私は母親なのに、どうしてこの子の気持ちがわからないんだろう」
赤ちゃんが泣いているのに、母親である自分まで泣きたくなってしまうのです。
「母親ならできるはず」という期待
「お母さんなんだから、きっとわかるよね」
「やっぱり赤ちゃんはお母さんが一番だね」
そんな言葉を耳にしたことはありませんか。
励ましや褒め言葉として使われることも多い言葉です。
けれど、その言葉がときに「母親なら赤ちゃんのことがわかるはず」「母親ならどんなときも頑張れるはず」というプレッシャーになることがあります。
赤ちゃんが泣き止まない。
他の人が抱っこを代わると、すんなり泣き止む。
ほっとする一方で、「私ではだめだったんだ」と悲しくなる。
本当は、赤ちゃんが泣き止まないことと、母親としての価値は別のことです。
それでも、周囲からの期待や、自分自身が思い描いていた「母親像」が重なると、赤ちゃんの泣き声が、自分の至らなさを突きつけるもののように感じられてしまうことがあるのです。
赤ちゃんの苦しさを、わかってあげたい
精神分析家のウィルフレッド・ビオンは、赤ちゃんと養育者の心のやりとりについて考えました。
赤ちゃんは、自分の中に生じた不快や不安を、まだうまく理解したり、言葉にしたりできません。
そんな赤ちゃんの苦しさを、養育者が受け止め、思いを巡らせ、少しずつ耐えられるものへと変えていく。
ビオンは、こうした心の働きを「もの想い(レヴェリー)」などの概念を通して説明しました。
難しく聞こえるかもしれませんが、私たちが日々赤ちゃんにしていることとも重なります。
「眠たいのかな」
「びっくりしたんだね」
「嫌だったね」
赤ちゃんの気持ちを想像しながら、抱っこしたり、声をかけたりする。
そうやって、赤ちゃんの苦しさを一緒に抱えようとしているのです。
けれど、いつもうまくいくわけではありません。
どれだけ考えても、何がつらいのかわからないこともあります。
そして、赤ちゃんの苦しさをわかってあげたいと思うからこそ、わからないことがつらくなるのかもしれません。
お母さんの苦しさは、誰が受け止めるのでしょうか
赤ちゃんが泣いているとき、周囲の関心はどうしても赤ちゃんに向かいます。
「どうしたの?」
「お腹すいたのかな?」
「眠いんじゃない?」
もちろん、赤ちゃんのことを心配するのは自然なことです。
でも、その隣で、必死に赤ちゃんをあやしているお母さんも、苦しんでいるかもしれません。
もうミルクもあげたよ!寝かしつけようと頑張ったよ!
そんなふうに心配する周囲の声は、お母さんを責めるものに聞こえてしまうかもしれません。
赤ちゃんの気持ちがわからなくて、途方に暮れているかもしれません。
自分は母親失格なのではないかと、泣きたくなっているかもしれません。
赤ちゃんの苦しさを理解しようとするお母さん自身も、誰かに理解されていいのです。
「ずっと泣いていて大変だったね」
「いろいろやってみたんだね」
「少し代わろうか」
そんなふうに、自分の苦しさにも目を向けてもらえることが、支えになるかもしれません。
赤ちゃんの気持ちをいつも正しく理解できなくてもいい。
泣き止ませられないときがあってもいい。
赤ちゃんの苦しさを受け止めようとしているあなた自身もまた、誰かに支えられていい存在なのです。
アンダンテ相談室では、産後のお母さんの気持ちに寄り添うオンラインカウンセリングを行っています。
赤ちゃんのこと、育児のこと、そしてお母さん自身の気持ちのこと。
うまく言葉にならない思いも、一緒に考えていけたらと思っています。



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