カウンセリングで、心を「分析される」のが怖い方へ
「カウンセリングって、心を分析されるんですよね?」
そんなふうに思って、少し怖く感じる方もいるかもしれません。
自分でも気づいていないことを見抜かれそう。
話したことを、勝手に深読みされそう。
「あなたは本当はこう思っているんですよ」と、決めつけられそう。
特に「精神分析」と聞くと、そんなイメージを持つ方もいるのではないでしょうか。
私は、精神分析的な考え方を大切にしながらカウンセリングをしています。
けれど、カウンセラーがクライエントの心を外側から観察して、
「あなたはこういう人ですね」と分析することが、カウンセリングだとは考えていません。
カウンセラーも、正解を知っているわけではありません
たとえば、話している途中で、急に言葉が出なくなる。
大切な話をしていたはずなのに、なぜか笑ってしまう。
「なんでもないです」と言ったけれど、なんとなく引っかかる。
そんなとき。
カウンセラーが、
「それは○○だからですね」
と、すぐに答えを出すわけではありません。
「どうして、ここで言葉が出なくなったんだろう」
「今、二人のあいだで何が起きているんだろう」
そんなふうに、わからないことを、わからないまま一緒に眺めてみます。
すぐには意味がわからなくても、話を重ねていくうちに、
「ああ、もしかしたら、こういうことだったのかもしれない」
と、少しずつ見えてくることがあります。
カウンセリングは、二人でつくっていくもの
カウンセリングでは、クライエントだけがその場に何かを持ち込んでいるわけではありません。
カウンセラーもそこにいて、話を聞き、感じ、考えています。
同じ人が同じ話をしても、誰と話すかによって、話されることや感じることは少しずつ違うでしょう。
だからこそ、カウンセリングの中で起きていることも、大切な手がかりになります。
「今日は、なんだか話しにくいですね」
「さっきから、少し距離ができたような感じがします」
そんな、二人のあいだで起きていることについて、一緒に考えることもあります。
カウンセラーの側だけが答えを持っていて、それをクライエントに教えるのではありません。
二人で話しながら、二人のあいだに生まれてくるものにも目を向けながら、その人の心を少しずつ理解していく。
私は、カウンセリングをそんな共同作業だと考えています。
「わからない」を、一緒に考える
自分のことなのに、自分でもよくわからない。
どうして同じことで苦しくなるのか。
どうしていつも、似たような人間関係になってしまうのか。
どうしてこんなに腹が立つのか。
どうしてこんなに寂しいのか。
心には、すぐには言葉にならないものがたくさんあります。
だから、カウンセリングでも、すぐに答えが出るとは限りません。
カウンセラーにも、わからないことがあります。
その「わからなさ」を急いでなくすのではなく、
「これは、なんなんでしょうね」
と、一緒に考えてみる。
その時間の中で、それまで自分でも気づかなかった気持ちに出会ったり、これまでとは少し違う見方ができるようになったりすることがあります。
心を「分析される」場所ではなく
カウンセリングは、カウンセラーに心を見透かされる場所ではありません。
まして、あなたの知らない「本当のあなた」を、カウンセラーが知っているわけでもありません。
話す人と、聴く人。
その二人が出会って、話して、一緒に考える。
そうして少しずつ、
「私は、こんなふうに感じていたのかもしれない」
「もしかしたら、こういうことだったのかな」
と、自分自身についての理解が生まれていく。
カウンセリングは、一方的に「分析される」ものではなく、
二人で一緒に、まだ言葉になっていない心を探していく時間。
私は、そんなふうに考えています。



コメント