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沈黙をともに味わうということ

執筆者の写真: mari koga
mari koga
6月27日
読了時間: 3分

沈黙は気まずいものですか


沈黙ってどんなイメージですか?


気まずいですか?


焦ってしまいますか?


わたしたちは人といるとき

なにか話さなくては

という気持ちになりがちだと思います。


それは、

相手からどう思われるだろう

つまらないやつだと思われたくない

気まずい空気になりたくない


そんな気持ちがあるからだと思います。


でも、沈黙って悪いことでしょうか?


居心地の良い沈黙もある


無言が心地いい関係って、ありますよね。


この人といると、なにも話さなくても気持ちが楽だな


ただ一緒にいるだけでいい


そんな感覚になることってありませんか?


そこでは、焦りや、どう見られるかといった心配が少し脇に置かれ

穏やかな時間が流れているのかもしれません。


カウンセリングにおいても、そんな沈黙があります。


焦りの生まれない沈黙。


ただ、ともに存在しているだけ。


少し、ゆったりと考えている時間。


気まずさはない。


そんな時間をわたしは


「沈黙を味わう時間」

だと感じています。


なにか話さなくては!

という焦りのない


ただ、ぼーっと考えたり

その場に身を委ねるような感覚だったり。


そういった関わりを大切にすると、

余白のない、隙間を埋めるようなカウンセリングでは生まれなかったような

考えが ぽ と出てくることがあります。


そんな時間を大切にしたいなと思いながら


日々、目の前の人と向き合っています。


わたしが忘れられない学校での体験



スクールカウンセラーとして働いていた現場で


決められた面接枠のほとんどの時間を、

黙って過ごしたことがあります。


カウンセリングの時間だけ学校へ来る生徒さんとです。


すでに何回か会っている生徒さん。


今日はあんまり喋る気分ではないとのことでした。


いっしょにそこに居るだけ。


話していないので

まわりからは、


生徒たちの笑い声。


走るパタパタ音。


先生が生徒に語りかける声。


チャイム。


いろいろなものが聞こえてきました。

自然と、耳を傾けていました。


「あぁ、学校に 存在している」


そんな感覚になりました。


あの体験は、まさに


沈黙を味わい、学校という場を味わった


と言えるでしょう。


また、その生徒さんは何もしなかったのではないです。


沈黙を選び、学校の雰囲気を

面接室を通して味わうことを

自分から選んだのです。


むりをして喋るよりも、その生徒さんにとっては

価値のある時間だったのではないでしょうか。


まさしく、主体性のある行動であったと思います。


沈黙には意味がある


沈黙にはいろいろな意味があると思います。


言葉にはならない空気や

感覚や

体験があると思います。


わたしはカウンセリングの場で


なにかをしてもいいし

なにもしなくてもいい。


沈黙をただ、味わっても良い。

じっくりと考え、自分と対話しても良い。

そして話したいと思ったら話してみても良い。


沈黙は、ただ言葉がない時間ではありません。


そこには、その人だけの感じ方や考え方、

言葉になる前の体験が流れていることがあります


だから私は、

沈黙もまた大切な時間として

今日も目の前の人と向き合っています。



拙い文章でしたが、ここまで読んでいただき本当にありがとうございました。

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