人に頼ることと、甘えることは同じでしょうか
「ちゃんと人には頼れているんです」
「ちゃんと人には頼れているんです。」
そう話してくださった方がいました。
(※以下は、複数の事例を組み合わせて考えた架空事例です)
困ったことがあれば相談する。
仕事では周りに助けを求めることもできる。
一人で抱え込むタイプではない、とご本人もおっしゃっていました。
ところが、カウンセリングが始まると、少し不思議なことが起こりました。
「困っています」と相談に来られたはずなのに、ほとんど休むことなく話し続けるのです。
こちらが相づちを打つ間も、質問をする間もないほど、言葉があふれてきます。
もちろん、たくさん話すこと自体が悪いわけではありません。
でも、その方と時間を重ねるうちに、私は少しずつ気づきました。
この方は、話したいというよりも、話し続けずにはいられないのかもしれない、と。
場をコントロールしないと、不安だった
もし黙ったら、何を言われるかわからない。
どんな反応が返ってくるかわからない。
だから、自分の言葉で空間を埋め続ける。
場の流れを相手に委ねることが、とても怖かったのです。
私は臨床の中で、このように「場をコントロールしようとする方」に何人も出会ってきました。
それは、わがままだからでも、自己中心的だからでもありません。
安心して相手に委ねられるという感覚を、これまで十分に持てなかったからなのかもしれません。
頼ることと、甘えることは少し違う
その姿を見ていて思いました。
この方は、人に頼れていないのでしょうか。
私は、そうは思いません。
実際に困ったときには相談できていますし、カウンセリングにも来られています。
頼ることは、助けを求めるという行動です。
一方で甘えることは、「この人になら、自分を委ねても大丈夫かもしれない」と感じられる関係の中で生まれるものではないでしょうか。
頼ることはできても、甘えることは難しい。
そんなことは、決して珍しくありません。
理解されるという体験
カウンセリングは、問題を解決するためだけの場所ではありません。
安心できる関係の中で、
「こんなことを話しても大丈夫だった。」
「この気持ちは否定されなかった。」
「自分でも気づいていなかった気持ちがあった。」
そんな体験を少しずつ重ねていく場所でもあります。
人は、理解されることで、自分を理解できるようになることがあります。
誰かに「わかってもらえた」という経験は、自分の心を自分で感じられるようになる力にもつながっていきます。
だから、カウンセリングで大切なのは、すぐに行動が変わることだけではありません。
安心できる関係の中で、自分の心を見つめ、自分自身を理解していくこと。
その積み重ねが、その人らしく生きる力になっていくのだと、私は感じています。
甘えシリーズ
「甘え」について、臨床心理士・公認心理師の視点から少しずつ考えています。
✓ 第1回 相談できなかった自分にも、理由がある
✓ 第2回 甘えとは何でしょう
✓ 第3回 甘えられない人がいます
✓ 第4回 甘えと依存は何が違うのでしょう
✓ 第5回 人に頼ることと、甘えることは同じでしょうか(この記事)
✓ 第6回 子どもの甘え、どこまで受け止めればいい?(公開予定)
よろしければ、読んでみてください。



コメント