甘えと依存は、何が違うのでしょう
はじめに
例えば、こんな方を想像してみてください。
※以下は、臨床で出会ったさまざまな心の動きをもとに構成した架空の事例です。
「抱きつきたかった」という気持ち
子どもの頃、安心して甘えられる経験が少なかったAさんは、大人になっても「甘える」ということがよく分からずにいました。
「甘えるって、どういうことなんだろう。」
そんなことを考えながら、少しずつ自分の気持ちと向き合っていました。
ある日、Aさんはこんな話をしてくれました。
「優しくしてくれた人に、抱きつきたくなったんです。」
でも、その気持ちは行動には移しませんでした。
「大人がそんなことをしたら相手を困らせる。」
「変に思われるかもしれない。」
そう考えて、思いとどまったそうです。
心理療法で大切にしたいこと
私は、その話を聞いて、
「抱きつくべきだったか。」
「やめて正解だったか。」
を考えたわけではありません。
私が知りたかったのは、
「なぜ、抱きつきたくなったのだろう。」
ということでした。
そのとき、Aさんの心にはどんな気持ちが生まれていたのでしょう。
安心したかったのでしょうか。
誰かとの温かいつながりを感じたかったのでしょうか。
あるいは、子どもの頃には十分に経験できなかった「甘えたい」という気持ちが、ようやく顔を出した瞬間だったのかもしれません。
心理療法では、このような心の動きを、一緒に見つめ、言葉にしていく時間を大切にしています。
甘えと依存は同じではありません
「甘える」と聞くと、「依存すること」と同じように感じる方もいるかもしれません。
けれど、この二つは同じではありません。
甘えとは、相手を信頼し、その人との関係の中で安心を求める、
ごく自然な心の動きです。
一方、依存とは、相手がいなければ自分を保つことが難しくなり、その関係に過度に縛られてしまう状態です。
どちらも「相手を必要とする」という点では似ています。
しかし、甘えは人が誰かと安心してつながろうとする営みであり、依存とは意味が異なります。
甘えたい気持ちは、悪いものではありません
Aさんが抱きつきたいと思ったことは、依存だったのでしょうか。
私は、そうは思いません。
その気持ちの背景には、「安心したい」「つながりたい」という、とても自然な心の動きがあったように感じます。
もちろん、その気持ちをどう表現するかは別の問題です。
けれど、「甘えたい」と感じること自体は、決して悪いことではありません。
おわりに
甘えたいという気持ちと、依存することは同じではありません。
甘えは、人が誰かと安心してつながろうとする自然な心の動きです。
だからこそ、「甘えたい」と感じた自分を責めるのではなく、その気持ちがどこからやってきたのかに耳を傾けてみることも、ときには大切なのかもしれません。
では、「人に頼ること」と「甘えること」は同じなのでしょうか。
次回は、この二つの違いについて考えてみたいと思います。
甘えシリーズ
「甘え」について、臨床心理士・公認心理師の視点から少しずつ考えています。
✓ 第1回 相談できなかった自分にも、理由がある
✓ 第2回 甘えとは何でしょう
✓ 第3回 甘えられない人がいます
✓ 第4回 甘えと依存は何が違うのでしょう(この記事)
✓ 第5回 人に頼ることと、甘えることは同じでしょうか(公開予定)
よろしければ、読んでみてください。



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