人と会うと疲れるのは、人付き合いが嫌いだからではない
人と会った後の疲労感
友達と会った帰り道。
楽しかったはずなのに、なんだかどっと疲れている。
家に帰ると何もしたくない。
一人になりたい。
そんな経験はないでしょうか。
「私、人付き合いが苦手なのかな」
「こんなに疲れるなら、もう会わない方が楽かもしれない」
そう思ったことがある方もいるかもしれません。
けれど、人と会って疲れることと、人付き合いが嫌いであることは、必ずしも同じではありません。
私自身、以前ある友人との関係を振り返る機会がありました。
その友人と会う時間は決して嫌なものではありませんでした。
会えば楽しい。
お互いに笑い合うこともある。
それなのに、帰宅するとどっと疲れている自分がいました。
最初は、
「相性が悪いのかな」
「私が人付き合い下手なのかな」 と思っていました。
けれど振り返ってみると、そう単純な話ではなかったように思います。
楽しい気持ちもあった。
一方で、気を遣っていた部分もあった。
相手に合わせようとしていた部分もあった。
もっと近づきたい気持ちもあれば、少し距離を取りたい気持ちもあった。
そのどれもが本当の気持ちだったのだと思います。
私たちの気持ちは、そんなに単純ではない
私たちは人間関係を、
「好きか嫌いか」
「合うか合わないか」
で考えがちです。
けれど実際の人の気持ちは、もっと複雑です。
仲の良い友人と会っても、
楽しかった。
安心した。
元気をもらった。
その一方で、
気を遣った。
少し寂しくなった。
羨ましい気持ちが動いた。
なんとなく疲れた。
そんな複数の感情が同時に存在することがあります。
人の心は、快か不快かの二択ではありません。
相反する気持ちを同時に抱えることは、ごく自然なことなのです。
人と会うことはエネルギーが必要なこと
そもそも、人と会うということは意外とエネルギーを使います。
私たちは無意識のうちに、
• 相手の気持ちを想像する
• 場の空気を読む
• 言葉を選ぶ
• 自分の感情を整理する
ということをしています。
特に、相手との関係を大切にしている人ほど、その作業を丁寧に行っていることがあります。
だから疲れるのです。
疲れること自体は、関係が悪い証拠とは限りません。
疲れの正体はいったい何なのだろう
最近は、
「無理な人間関係は手放しましょう」
「合わない人とは距離を置きましょう」
という言葉を目にする機会が増えました。
もちろん、自分を傷つけ続ける関係から離れることは大切です。
ただ、人と会ったあとに疲れたからといって、その関係がすべて悪いものだとは限りません。
疲れた。
だから切る。
苦しい。
だから離れる。
その選択が必要な場合もあります。
しかし、ときにはその前に、
「私は何に疲れたのだろう」
と立ち止まってみることも大切です。
気を遣いすぎたのかもしれない。
本当は言いたいことを飲み込んでいたのかもしれない。
相手を大切に思う気持ちと同時に、少し窮屈さも感じていたのかもしれない。
疲労感の中には、案外たくさんの気持ちが詰まっています。
切り離すだけではない人付き合いもある
私たちは時に、
「続けるか切るか」
という二択で考えたくなります。
けれど人間関係には、その間の選択肢もあります。
少し距離を置く。
付き合い方を変える。
期待を見直す。
自分の気持ちを整理してみる。
関係を終わらせるのではなく、関係との向き合い方を見直す。
そんな時間が必要なこともあります。
人と会って疲れるのは、人付き合いが嫌いだからでも、人間関係が下手だからでもありません。
むしろ、人と関わるなかで何かを感じ、心が動いている証拠なのかもしれません。
大切なのは、疲れない人になることではなく、
「私はこの人との関係のなかで何を感じているのだろう」
と、自分の気持ちに少し耳を傾けてみること。
人間関係を切るか続けるかを急いで決める前に、その複雑な気持ちを眺めてみること。
その時間は、自分自身を理解するための大切な手がかりになるように思います。
拙い文章ですがここまで読んでいただき、
本当にありがとうございました。



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