「白って200色あんねん」——人の気持ちは、そんなに単純じゃない
「白って200色あんねん」
タレントのアンミカさんの、有名な言葉です。
私はこの言葉が、とても好きです。
以前、友人が結婚式のドレスを選んでいたときのこと。
その友人は、「私、白が似合わないから、ウエディングドレスが嫌なんだよね」と話していました。
ところが、実際にドレスを探してみると、彼女によく似合う白のドレスが見つかったのです。
一口に「白」と言っても、青みがかった白、黄みがかった白、やわらかな生成り色など、さまざまな白があります。
ある白は似合わなくても、別の白は似合う。
そのとき私は、アンミカさんの言葉を思い出しました。
そして、これは私たちの心にも言えることなのではないか、と思ったのです。
「嫌い」という気持ちにも、いろいろな種類がある
例えば、「私は掃除が嫌い」という人がいたとします。
でも、掃除と一口に言っても、いろいろな作業がありますよね。
散らかったものを片付けること。掃除機をかけること。床を磨くこと。窓を拭くこと。
片付けは苦手だけれど、無心になって床を磨くのは案外好き、という人もいるかもしれません。
そう考えると、「掃除が嫌い」という言葉の中にも、いろいろな気持ちが混ざっていることに気づきます。
「学校が嫌い」という子どもも、同じかもしれません。
授業はつらい。教室にいるのも苦しい。
でも、例えば給食は好きかもしれないし、帰り道に友達と話す時間は楽しいかもしれない。
教室の窓から見える落ち着いた景色だけは、好きかもしれない。
もちろん、だからといって「好きなこともあるんだから、学校に行けるでしょう」という話ではありません。
給食が好きなことと、学校に行くのがつらいことは、矛盾しません。
好きなものは好き。嫌いなものは嫌い。
その両方が、一人の心の中にあってもいい。
私たちはつい、「好きか嫌いか」「得意か苦手か」と、物事を二つに分けて考えてしまいがちです。
でも、実際の気持ちは、そんなにはっきりと分けられるものばかりではないのだと思います。
人の気持ちは日によって変わる——心の色はいつも同じではない
そして、心の色は、時間とともに変わっていくものでもあります。
昨日は楽しかったことが、今日はちっとも楽しくない。
いつもなら笑って聞き流せる言葉が、今日は妙に胸に刺さる。
反対に、落ち込んでいたときに誰かがかけてくれた何気ない一言で、ふっと気持ちが軽くなることもあります。
同じ出来事でも、その日の体調や気分、置かれている状況によって、感じ方は変わります。
朝と夜でも違うかもしれません。
誰かのたった一言で、心の色ががらりと変わることだってあります。
だから、昨日の自分と今日の自分が違っていても、おかしなことではないのです。
自分の性格や気持ちを、一つの言葉で決めつけていませんか?
私たちは、ときどき自分自身のことも、一つの言葉で決めつけてしまいます。
「私は人付き合いが苦手」
「私は何をやってもうまくいかない」
「私は子育てに向いていない」
でも、本当に、いつでも、どんな場面でも、そうなのでしょうか。
ある人とはうまく話せなくても、別の人とは自然に話せるかもしれません。
今日は子どもにイライラしてしまっても、昨日は一緒に笑い転げていたかもしれません。
だからといって、苦手なことや、つらかった気持ちが消えるわけではありません。
ただ、その一つの気持ちだけが、自分のすべてではないのだと思います。
もし今、何もかもが真っ黒に見えているのなら、無理に明るい色を探す必要はありません。
そんなときに「本当はいいこともあるでしょう?」と言われたって、余計につらくなってしまうかもしれません。
でも、今見えている黒が、あなたの心のすべてではありません。
明日には、少し違う色に見えるかもしれない。
誰かとの何気ないやりとりで、思いがけない色が生まれるかもしれない。
私たちの心は、いつも同じ色をしているわけではないのですから。
私たちの心は、単純な一色ではない
「白って200色あんねん」
白だけでも200色あるのなら、私たちの心には、いったい何色あるのでしょう。
好きな気持ちと嫌いな気持ちが混ざり合うこともある。
昨日と今日で、違う色になることもある。
誰かのたった一言で、思いがけない色に変わることもある。
だから、今の自分の気持ちを、たった一色で決めつけなくてもいい。
誰かの心を、一つの言葉で決めつけなくてもいい。
私たちの心は、そんなに単純な一色ではないのです。


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